父のこと。③

 

 

こちらの続きです。

 父のこと。② - 純度100%で生きていく

 

 

ーーーーーー

 

 

それからというものの、父との喧嘩はしょっちゅうになりました。

 

 

まあ、父が緊急入院し、癌が見つかり、さて手術どうする?経済的なことは?申請は?などと奔走しているとき、私は自身の結婚生活が破綻しかかっており、精神的にも崖っ淵で、離婚するかどうなのか、ということも抱えていたので、父のことへ目をやることで、半ば逃げ道になっていたのであろうと思います。

 

 

どっぷり自分のことに浸からずにすんだ。

 

 

もちろん、父にもそのことに関して怒鳴られたことはありました。


父さんのことあーだこーだ言うてんと、自分のことどーにかしたらどーなんや!いつまで家におるつもりじゃ!
余計なお世話じゃ!みたいな。(笑)

 

 

すかさずそこは母が口挟んでましたが。

 

 

口が立たないうえに、やはり脳梗塞のこともあり、思っていてもうまく言葉が出てこないこともあり、短気な父の喧嘩の最後はいつも決まって

「俺が死ねばえーんやな!!!」です。

 

 

もう、その度に、なんでやねん、となる家族一同です。

 

 

ほんと、誰よりも子どもです。
どこのお父さんもそんなんかな?

 

 

それでね
これだけ延々と書いてきたけれど

一体何に腹が立つのか、というと。(遅

 

 

父自身、自分の命に対しての責任感の無さです。無関心なところです。

 

 

病院を決めるときも、治療方針を決めるときも、薬の処方1つにしてもそう、
何にも疑いもしない。自分の体のことなのに、今自分がどうなっているのか、この病気はどういうものなのか、この治療や薬はどんなリスクがあるのか、など調べようともしない。もにろん生活習慣も変えない。

 

 

薬の処方を間違える、その他様々なことがあったかかりつけ医も未だに変えようとしない。理由は、変える方が面倒だから、だ。

 

 

そのくせ、何かあったときは、やっぱり俺もおかしいと思ってた、とか、不信感しかなかった、とか後からぐちぐち言う。

 

 

でも、病院では誰よりもいい顔する。
自分の都合より、病院や会社の都合ばかり気にして気を回す。


そのくせ、あとから文句言う。

 

 

もうね、本当に腹が立つ。

 

 

二人の兄はもうそんな父を昔から知っているので、ほぼ流しています。
母も。

 

 

私だけ、こんなにやきもきしてるの(^^;;

 

 

なんで私が自分のことでもないのにこんなに一人でやきもきしてるんやろ、って辛くなって父に泣き喚いて喧嘩することもこの2年間多々ありました。

 

 

どーしてそんなに自分の命に対して責任がないんや!無関心すぎる!と、いつも喚いていました。

 

 

で、昨夜も久しぶりにやっちゃって

 

 

また久しぶりに父の名文句

「俺はどーせ先に死ぬんやからえーやないか!」

 

 

が聞けちゃって。

 

 

もうなんか、おかしくなって。(笑)
なんだ、もうこの数年病院通いばかりで生きるのめんどうになってんだな?って、不謹慎ですが、おかしくなっちゃって(笑)

 

 

ならまー、食べたいもん、添加物だらけのジャンクフードもお菓子も塩分たっぷりのカップラーメンも好きに食べたらえーがな!それが本望ならまー好きにしたらえーがな!と笑いながら食卓で他の家族に話していたのです。

 

 

それでもやはり脳裏に浮かぶのは
こんな風に多くの疾病を抱えている者は、簡単には死なせてもらえないってこと。

 

 

何か異変があればすぐ病院に運ばれちゃうし、管繋がれちゃうしね、

 

で、入院するたびに、家族も巻き込まれるわけだよ。否応無くね。

 

 

携帯充電することですら呼び出されんだよ。看護師呼べよ、って何度言ったか。
頼めよ、って。

 

 

そこでも、いい顔してたいの。
ほんっと、ここまでしても持っていたいプライドってなんだろうねーって、二人の兄といつも話してます。

 

 

そんな父は、新たな怪しい病変が見つかり、目も白内障だけでなく、目の脳梗塞と呼ばれる病気も見つかり、

 

1つの病院で3つもの科へ通院中です。

 

プラス、地元のかかりつけ医と
吹田の病院と

 

 

まあ、医療費が嵩んで母の頭には白髪が増える増える。マイナスもいいとこです。

 

 

それでも相変わらず
運動もせず、ずーっとオコタに入ってみかん食べて、お菓子食べて、餅食べて、カップラーメン食べて、ろくに水は飲まず珈琲飲んで、毎日過ごしている父です。

 

 

薬さえ飲んでたら大丈夫
手術で悪いとこ切れば大丈夫
って思ってるみたいです

 

 

父の人生、父の命です
私が腹立ってるのもおかしな話。

 

 

それでも放って置けなくなる
なんとかしたくなる、娘ですもの

 

 

私が心配しすぎたり、喚いたりするのをやめたら、案外すっと父も病気をやめちゃったりね、なんて思う今日この頃です。

 

 

病気って、そんなものだと、私は思っています。

 

 

ちゃんちゃん。

父のこと。②

 

父のこと。①の続きです。

父のこと。① - 純度100%で生きていく

 

 

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丸一日かかって、父はまた精密検査を受けた。車椅子へ乗せられてあちらこちらへと移動。病院探検みたい。

 

 

地元の病院の医師の所見通り
一番太い冠動脈が8〜9割詰まってた。
うむ、まさに心筋梗塞

 

 

他にもあちこち石灰化がみられ、なんならそれを補うように新たに細く血管が作られていたのだ。


体ってすごい!へー!って感心するところはそこじゃないが、付き添いの家族全員が感心していた。変なのです、うちの家族。

 

 

で、カテーテル検査の結果次第では、開胸手術(天皇もなされたバイパス手術というもの)も視野にいれているとの説明があった。

 

 

おーとうとう胸開けるのか。

 

 

しかしここでも生命力というか運を発揮した父。カテーテル手術でなんとかできたのだ。風船でも石灰化は崩れず、かなり削ったらしいが。わあ、なんだか工事みたい。

 

 

ステント留置ですんでよかった。
顔色も赤ら顔だったのが綺麗なピンク色になり、経過良好!と言いたいところだったが。

 

 

その病院で、便潜血が見つかり、退院後詳しく地元の病院で検査するようにとすすめられた。循環器専門の病院なのでここではできないのだ。

 

 

そして退院後、今度は大腸の精密検査。
特大の癌が見つかった。

 

 

身内に癌患者はおらず、心筋梗塞脳梗塞など血管系の病の家系であったので、思ってもいない現実にただ驚いた。

 

 

それでも病院から帰ってきた父は相変わらずいつも通りの腹減った、で
コンビニ弁当を食べていた。

 

 

ステント留置の加減もあり、早くても手術は半年後、しかも術中に急変して心筋梗塞脳梗塞を起こす可能性も高いと言われていた。

 

 

それでもいいですか、等のあの署名には毎度ながら??が浮かぶ。

 

 

いいですか、って、署名せなあかんけどいいわけないがな!っていつも一人ツッコミを入れてしまう。

 

 

そこから半年間、私は父の癌について、薬について、手術について、その後について、かなり勉強しまくった。

 


疑問に思ったことは、その場で医師に質問する。
きっと煩わしい娘であっただろうが、きちんと隠さず答えてくれる医師であった。

 

 

見つかった時の精密検査では、ごく初期であろうとのこだったが、手術後、まさかのステージ3aであることが判明した。

 


本当にまさか、であった。

 

 

なぜならば
その確率というのは、10%なのだ。

 

 

なんて倍率の高い競争に勝ち抜いたんだ、父よ!!

 

 

いや、ちゃうがな。
そこ、入らんでええがな。

 

 

脳梗塞後、煙草をやめた反動で甘いものが欠かせなくなっていたが、それも変わらず、昼に食べるものがないからといいカップラーメンを食べ、仕事の習慣が抜けないから、と早食いも相変わらず、毎晩ご飯を欠かさず二膳、そこは一膳に変わったかな。

 

 

まーとにかく、懲りない!!!

 

 

三大疾病を見事に乗りこなしてきた父であるが、よく言うじゃないですか、

大病して、人生観変わりました。⭐️

みたいなやつ。

 

 

父本人なりには、あるらしいですけど
まったく生活習慣変わりませんよね。

 


きっと、大病をしているけれども、どれもそこまで痛くもなく、痒くもなく、有難いことにかすり傷で済んでいるからなんだと思います。父の徳、っていうんですかね。

 

 

 

続く。

父のこと。①

私の父はヘビースモーカーだった。

その上、家族性の高血圧。

 

 

40代で心房細動による狭心症で運ばれ
その2〜3年後には脳梗塞で倒れた。

 

その当時私は大学受験を控えていて
父が倒れたことにより、後遺症などの恐れ、職を失うかもしれないことなど、幼いながらにも頭の中に浮かび、ああ、これはもう受験諦めなきゃいけないな、なんて思っていた。

 

 

幸いにも、医師も看護師もみな驚くほど回復が早く、このままリハビリを続ければほとんど後遺症も残らないかも、という状態にまで持ち直した。

 

 

そして仮退院で家へ戻ってきた日の夜
少しだけ、と言いキッチンの換気扇の下で煙草を吸う父。

 

今思えば、家族が止めても聞くような人ではないから、自業自得だなと思うが、そのままその場でふらつき、まんまと脳梗塞再発となった。

 

当たり前だ。

 

 

それでもまた奇跡的な回復で、約2年ほど会社からも休暇をいただけ、無事に職場復帰を果たし、65歳まで勤め上げた。

 

 

今でもやはりあちこち支障はあるものの、はたから見たら脳梗塞を二度も起こした人とはまあ見えない。

 

 

65歳の10月、ちょうど私の結婚式が終わった頃から、胸の痛みと胸焼けのような症状を訴えるようになったが、かかりつけ医では逆流性食道炎と言われ薬を処方された。

 

 

今でもこのかかりつけ医に対して不信感しかないが、年を開けた頃には、風呂場の掃除で俯くだけでも息切れをしていたのだ。

 

 

そこでやっと近所の循環器内科のある少し大きな病院で精密検査を受けることになった。付き添いはたまたま私であった。

 

 

様々な検査を受け、その度に息切れしている父を横目に、どんな検査やねん、と笑いながらも診察室へ呼ばれて入ると、今すぐ入院してください、と一言。

 


今にも心筋梗塞を起こしそうな心電図波形だったそうで、私たちよりも検査技師の方が一番動転していたように思う。

 

 

吹田の国立循環器病センターに通院していたので、すぐそちらへ救急の受け入れ要請をしてくださり、その足で救急車で吹田へ、と医師に勧められたが、能天気な私は「乗ってきた車はどうすればいいか?置いていく?え、駐車料金はどうなるんですか?私、娘なのでそんな大事なこと今すぐに判断しかねます、、」などと阿呆なことを言っていた。

 

だが、驚いたことに横で父は一度帰ってはだめですか?と聞いておる。
さすがの医師も何言ってるんですか?と半ギレ。(笑)

 

 

すったもんだあり、急変したらすぐに救急車を呼んでここへ来ること、自己責任でお願いしますということ、など話し合い、その日は帰ることに。

 

 

帰り道、腹減ったなあ、と言う父と丸亀製麺でたらふく食べ、桜を観ながら帰るというなんともおかしな1日を過ごした。

 

 

翌日早朝、家族で車で吹田の病院へ向かい救急外来へ入って行くものの、

 

え、それで患者さんはどちらに?と聞かれ、父です、と指差すと、

 

 

何してるんですか!!歩かないでください!!と怒られた。病院はこわい。

 

続く。

やりたいから、やってるだけ。

 

仕事と思ってないですもん。笑
やりたいからやってるだけです。

 

 

 

昨年の7月から通っている京都の治療院の先生が、そう言わはった。
というか、よく言うてはる。

 

やりたいこと、やってたら

仕事になって

お金を稼ぐということになってた

 

そうらしい。

 

 

先生、というのもむず痒いなあ。
もちろん私にとっては施術士さんなんだけれども、年齢も4つしか違わないので、施術してもらいながらも、知り合いとあーでもないこーでもないいうて話してる感じです。

 

 

 

働きたくない、仕事したくない、とブツブツ言うてる私に対して「仕事や思うからしんどいんでしょ〜思わんかったらええねん」といつものごとく笑いながらサラッと仰る。

 

 

そう、私はいつもあーでもないこーでもないと施術中に延々と不毛なことを言うてるので、よく笑われている。

 

 

しまいには、「知らんやん(笑)」と言われる始末である。

 

なかなかいい関係だと勝手に思ってる。

 

私の中ではもうすでに弟子の気分で色んなことを聞きまくっている。

 

昨日は一つ手技のコツを教えてもらった。

 

帰宅後さっそく母に実践してみたら

なんともできてしまったもんだから

自分でも驚いた。

 

続けてみよう。

 

 

 

 

こちらの心屋仁之助さんの記事にもあるように
仕事を表現の一つだと思うと

なんて楽しいんだ!と、ただ、この瞬間思った。

 

巷で流行りのように
やりたいことを仕事にする、だとか云々言われていることに頭の中がぐるぐるしていた私にとってはかなりヒントになった。

 

 

そっか、それでいいんだね、って
ほんの少しだけちーちゃい光がキラッとした。

 

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2日ほど前、いつもの金髪のあの子から突然電話がきて、何とぼけたことしてんの?(笑)と、バイトの面接を受けたことに対して思いもよらない反応が返ってきた。ほんまびっくりするわー(笑)と。

 

 

自分では頭を抱えていた事にも
笑って突っ込んでくれる友人がいることが嬉しくて嬉しくてたまらんかった。

 

 

気がつけば4時間も喋っていた。
変わり者同士、考え方も感じ方も真逆だが、やはり私たちは世の誰よりも〝不真面目であり、真面目〟なんだと、笑い合った。

 

 

同じ日に、すごく久しぶりの高校の友人からも連絡がきた。


彼女からのメッセージも、いまの私に必要なことばかりだった。

 

みんなみんな、私が好きでしょうがないらしい。(笑)

 

 

こんなんでも、誰の役に立てなくても、寄生虫でも、息さえしてりゃこの世はいいもんだなあと本気で思った。

 

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脳内デトックス。

 

 

わかってる

わかってるんです

 

 

頭ではわかってる
それでも体がついてこない
もちろん心も追いつかない

 

 

もう10年以上こんなだから
自分の体だけど自分の体じゃないみたい

 

 

それでも
大丈夫、なんとかなる
一先ず休もう、って自分に声掛けてきた

そんな風に声掛けられるようになったのもこの1,2年

 

 

やっと、です

 

 

 

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それまでは
得意の自分責めでしたから

 

 

 

ふつーに働けない自分を責めて
ふつーに予定組めない自分を責めて
ふつーにご飯食べられない自分を責めて
何かとイベント事になると体調崩す自分を責めて

 

 

 

ふつーってなんだよってね

 

 

 

体も心も壊して底ついて
とうとうお手上げして

何年もかけてやっと良くなって
なのにまた壊して
この5年だけでももう何度も繰り返してる

 

 

経済的に困っているのなら働けばいい、って
私も心の隅っこでは思ってるし
働けるでしょって思ってる
働かないのは困ってないからでしょっていう無言の視線がいたい(勝手に感じてるだけです)

 

 

 

困ってるよ、困りまくってるよ

それでもどうにもこうにも体がついてこないときもあるのです
というか私の場合ほとんどです

 

 

 

心や思いが強すぎるゆえに
そのエネルギーに体がついてかない

 

 

それでもどうにもこうにも苦しくて
なんとかしたくて
必死に工面して治療院の回数券買って通ってる
通うことが私の仕事だ、って思ってるくらい

 

 

 

あとは日々のウォーキングね

 

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良くなってるのは目に見えてる
その分、体の振れ幅も大きくてつらいときがある

 

 

どうにかしようとするな
問題は解決するな

 

 

うん、そうなんだろう

 


でもどうにもこうにも
まずは体資本でしょう

 

 

やりたいことやるのも
やりたくないことやめるのも
体が基本でしょう

 

 

当たり前に動く体があるって
どれほどに贅沢なんだろうね

 

しんどくても何とか気持ちだけでも動く体があるって羨ましい本当に

 

 

 

感謝の気持ちを、と言われても
そんなのクソ喰らえだ、となる時もある

 

 

 

この状態を自らが望んでいるというのなら、一体どんなメリットがあるというのでしょう

 

 

 

不甲斐ないし
誰よりも何よりも
自分が一番悔しくてたまらんのだ

 

 

脳内デトックスならぬ脳内アウトプット終了

 

 

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ただ、歩く。

どうも。

 

相変わらずブログが続かない私です。

 

 

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年明けから

体力づくりも兼ねて毎日お散歩が日課になっています。

 

 

初めはご近所さんの目とか

平日の昼間にのそのそ歩いていることに対する世間の目とかが気になって(そればかり

 

 

本当にくるっと20分ほど歩く程度だったのだけれども、私の住んでいる地域は幸いにも町の外れにあるので、5分も歩けば隣町なのだ。

 

 

それに気がついてからは(遅い

ふらっと歩いても30分、長いときは50分ほど歩いている。

 

 

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ちょうどその頃、どの本屋へ行っても在庫がなくてなかなか手に取る機会が巡ってこなかったKan.さんの『問題は解決するな』という本をやっと手にすることができ、読んでいた。

 

 

https://www.amazon.co.jp/問題は解決するな-Kan/dp/4899763875

 

 

 

そこにはちょうど

「歩くことには、大きな秘密が隠されている」と何ともヒットなことが書かれてあり、食い入るように読んだ。

 

 

迷ったら、歩く。

行き詰まったら、歩く。

歩くと、自分の中の固定観念を動かすことができます。

 

 

歩くために、歩いてください。

目標を決めるのではなくて。

目的も、目標も幻想にすぎません。

何かを打破するために歩こうとは、考えないことです。

ただ歩く、 。淡々と歩く。

 

 

引用:Kan.『問題は解決するな』p96,97

 

 

 

ほほ〜、と感心いたしました。

 

 

私の場合、体力づくりも兼ねてではあるのですが(もちろん暇を持て余しているのも大いにある

 

 

通っている治療院で

ついつい頭を使いすぎる私は重心が上へ上へと上がりすぎるので(たまに頭より上にある。すると不思議と背が伸びたように感じるのです

 

 

重心を下へ下へと下げるためにも歩くことをおすすめされたのだ。

 

 

効果覿面!ではあるが

歩くために、歩く。というのも面白いなあと思い、これまた実践している。

 

 

 

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人間というのは不思議なもので

放っておいたらどんどんとネガティヴな思考回路になるものだ。

 

 

それは本能的に身を守る術だそうなので、あって然りなものではあるのだが

なんともこれがより一層厄介だなあと思う。

 

 

特に思考人間タイプの私は、それが顕著に現れやすい。

 

 

だからこそ、ただ歩く。

ということがとても合っている。

 

 

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とっても胸にささること。

ご無沙汰ブログ。

 

Facebookからの引用です。

 

 

 

 

 

本当にそうなんです。

 

私は頭に浮かんだこと、嚙み砕く前に口から出てしまっています。

 

処理能力ないんか!ってくらいに、
ダイレクトに口から流れ出てくる。

 

 

全く、本当に全く、悪気も悪意もなくて、かといって善意もないです。

 

そのことで傷つけてきた人も、山のようにいるのでしょう。

 

元旦那なんて恰好の餌食だったかも。
申し訳ない。


ま、勝手に拾って、勝手に傷ついていた面も多々あるでしょうが。

 

反面、あの時の一言がすっごく救われた!と言われることもあるけど、なんせ口から流れ出てるので、私自身「そんなこと言うたっけ…?」となることも多々ある。

 

それでも、私はこの私を変えたい!と思ったことは一度もなくて。


もちろん、やっぱりこのままじゃダメなのかなあって悩むことはあるけれどね。

 

けれど結局、ま、しゃーないか、に落ち着いてる。

 

それでも、対人関係(特に結婚、離婚)で特に学びの多かったこの2年を通して、さらに今また育んでいる関係を目の前にして、時にはゴクン、と飲み込むこともそれもまた愛情なのだ、と心からそう思える機会をいま与えてもらっているなあと思った。

 

伝え方ひとつにしてもそう。

 

自分の思いを飲み込むことを〝我慢〟と捉えるのではなくて、ゴクン、と飲み込める程度であるのならば、飲み込んでみよう。

 

そうすることで、目の前のあの人が笑顔になるのならば、いい気分でいられらのであれば、私もいい気分じゃないか!۬৺۬

心からそう思えるようになった。

 

いまさら⁉️感はあるけれど
一つ一つ納得しないとなかなか前進できない私にとっては、今がそのタイミングだったのです。

 

本当に大切な人と、何を闘っていたのだ、勝ち負けなんてアホやなあ、と振り返ってみて思う。

 

だけど、女性には身に覚えの一つや二つ、あるんやないかな。

 

 

.*೨⋆*✩

 

 

なるほどね、まさに2016年は太陽しし座の私にとって、愛というものを様々な角度から学ぶ年であったということが、腑に落ちたきっかけとなった記事でした。